文化・芸術

2007年11月24日 (土)

「何日君再来ーイツノヒカキミカエルー」

その昔、「歌に思想を持ち込むな」と言って、さだまさしを批判して物議を醸したのはタモリだったか。今では僕はそのタモリの言葉の意味が多少は理解できるくらい大人になったが、当時は反発したものだ。人の心を動かすのが音楽なら、そこにその人の思いが込められるのは当たり前の話じゃないか。それを「思想」と呼ぶのなら、逆に無思想な音楽に、いったいどんな存在価値があるというのか。

音楽は、人の感情に直接訴えかけるものだ。理屈ではない。それに歌詞が付くと、とてつもないパワーを呼び起こすことがある。だからこそ、時に権力はこれを利用しようとした。劇中、テレサの歌を「最終兵器」という言葉で表現している部分が出て来るが、これはまんざら、突飛な言葉ではないのだ。その昔のタモリの「さだまさし批判」も、その辺を揶揄していたのだろう。ひょっとしたらアジアの歌姫、テレサ・テンも、ダイナマイトを発明したノーベルや原爆開発の根本原理をあみだしたアインシュタインと同じ苦悩を、抱いていたのかもしれない。

言葉によって綴られた「歌詞」は、それを受け止める人間によって様々な解釈を生む。
しかし、「歌声」には思想の入り込む余地はない。小鳥の言葉を知らなくても、小鳥のさえずりを美しいものと思い、それに心地よさを感じるのと同じである。うさんくさい言葉よりも「音色」や「歌声」は信じるに足る。

この舞台で言うならば、筧利夫や黒木メイサの熱演も、僕にとっては「脇」であって、主人公はあくまでもテレサ・テンの歌った歌であり、まるで彼女本人が乗り移ったかのような、en-Rayのどこまでも澄み切った歌声なのである。あえて誤解を恐れずに言うのなら、筧の台詞は嘘臭くても(笑)、en-Rayの歌声には鳥肌が立ったということである。歌で世界は変えられるかもしれないと信じさせるに足る、歌声であった。

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岡村俊一演出「何日君再来ーイツノヒカキミカエルー」(2007年5月、日生劇場)
演出/岡村俊一、脚本/羽原大介、出演/筧利夫、黒木メイサ、藤原一裕、石川梨華、遠山俊也、en-Rayほか

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